工場労働者の訓練

女子学習院は、国民国家の国民教育を一般に先駆けて作り出さなければならないという使命を負っていたのですが、

そのためには、整列や体操や唱歌を科目に取り入れなければなりません。
整列や体操は、軍事教練かつ工場労働者の訓練です。 唱歌は、今日の文部省唱歌を思い浮かべればわかりますが、一曲の中で使う音域が狭い、 家事代行大田区数オクターブ下げても上げても、それなりに歌えるというもの です。つまり、どんな声の持ち主でも歌えるように出来ていて、日本の花鳥風月や生活を歌いこんだ歌詞が多いです。たとえば、「志を果たして、いつの日にか 帰らん」(志を成し遂げて、いつの日に帰る事が出来ようか。いや、志を果たしていないから、返ることはできない)。
これは、戦前に東京に出て、底辺労働者 になった次男三男の現実そのものです。つまり、唱歌は軍歌の原型として、国民国家創造の装置だったわけです。 話が逸れますが、唱歌はともかく、整列や体操などを円滑にさせるために、女子学習院は袴となり、跡見女学校など他の学校が真似たために、袴は戦前の女学校の制服になりました。